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赤狩りとゲリラ戦──上島春彦『レッドパージ・ハリウッド──赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』(作品社、2006)|竹峰義和 2006年07月26日

1947年9月に計19名のハリウッドの映画人が共産主義者の嫌疑のために非米活動調査委員会に召喚されて以降、1950年代をつうじてアメリカの映画業界で猛威を揮ったレッド・パージについては、ハリウッド映画史に関心がある者であれば何らかのイメージを持っていることだろう。

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上島春彦
『レッドパージ・ハリウッド
──赤狩り体制に挑んだ
ブラックリスト映画人列伝』

プロデューサーのエイドリアン・スコットや脚本家のダルトン・トランボをはじめとする「ハリウッド・テン」の投獄、ブレヒトやハンス・アイスラーのようなドイツ系左翼知識人の国外追放、マッカーシー旋風の到来、そして、ブラックリストに名前が記載された無数の映画人の業界からの締め出しなど、ハリウッドの50年代とは、冷戦体制下の合衆国に巻き起こった激烈な反共ヒステリーのなかで、果てしなくい追放が繰り返された息苦しく陰鬱な時代だった。この時代については、陸井三郎『ハリウッドとマッカーシズム』や蓮實重彦『ハリウッド映画史講義──翳りの歴史のために』(いずれも筑摩書房)などにおいてすでに論じられているが、上島春彦『レッドパージ・ハリウッド──赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』の画期的な点は、赤狩りのターゲットとされて映画界から否応なく追われた者や、あるいは仲間を裏切って「転向」や「密告」をおこなうことを余儀なくされた者たちのその後の活動について、膨大なデータと徹底した調査をつうじて、さまざまな興味深いエピソードとともにいきいきと再構成しているところにある。非米活動委員会に召喚された直後に自殺同然の死を迎えたジョン・ガーフィールド、仲間の名前を売って延命したことのトラウマを抱えつつ業界からひっそりと消えていったクリフォード・オデッツ、委員会での「協力的証言」後に躍起になって自己弁明を繰り返すエリア・カザン、ブラックリストに載ったために他人名義で脚本を発表することを余儀なくされたベン・マドウ、そうした「名義貸し」が後に暴露されることによって凋落したフィリップ・ヨーダン、勃興期のテレビ・ドラマに新たな活動の場を見出したエイブラハム・ポロンスキーとウォルター・バーンスタインとアーノルド・マノフ、偽名や他人名義で数多くの傑作脚本をコンスタントに書つづけたドルトン・トランボなど、本書では、これまであまり注目されてこなかった脚本家たちの活動を中心に、まさにアメリカ映画史の陰の部分を隈なく照らし出す。だが、そこから浮かび上がるブラックリスト脚本家の姿はかならずしも無力で悲壮な犠牲者のそれではなく、むしろ、意外なまでに清々しいのは、赤狩りによる不条理極まる状況のなかで彼らが、ときに妥協や迂回を重ねつつも、さまざまな戦略や詭計、ゲリラ戦によって体制の裏をかき、粘り強く抵抗していくその驚異的な強靭さのためだろう。この400頁にわたる「列伝」を読み終えた者は、「本書もまた、逆境にあって何とか生き延びようと模索する人々の精神の物語であり、根底的な楽天主義の産物である」(9頁)という「まえがき」における筆者の印象的な言葉があらためて想起されるはずだ。



竹峰義和 Yoshikazu Takemine
1974年生。表象文化論、ドイツ思想史、映像メディア論。武蔵大学ほか非常勤講師。アドルノ、ベンヤミンを中心に、フランクフルト学派の思想におけるテクノロジー・メディアの位置づけを問い直す作業をつづけている。著書=『アドルノ、複製技術へのまなざし──〈知覚〉のアクチュアリティ』(青弓社、2007)。共著=『美のポリティクス』(御茶の水書房、2003)。論文=「『国民的精神』の招喚」など。


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