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ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ベルリン・アレクサンダー広場』(デジタル修復版DVD)|竹峰義和 2007年06月25日

1960年代後半から70年代にかけて国際的な脚光を浴びた〈ニュー・ジャーマン・シネマ〉と呼ばれるドイツ映画の新しいムーヴメントは、1988年に公開されたヴィム・ヴェンダースの『ベルリン 天使の詩』のヒットにあやかるかたちで日本においても注目を集め、ヘルツォークやジーバーベルクといったドイツ人監督の名前がにわかに人口に膾炙した。その後、ヴェンダースの低迷に踵を揃えるようにして影を潜めていった感のある〈ニュー・ジャーマン・シネマ〉であるが、最近になって、とりわけ1982年に37歳の若さで急逝したライナー・ヴェルナー・ファスビンダーに対する関心が高まっている。その先鞭をつけたもののひとつが中原昌也による再評価(『ソドムの映画市』洋泉社、2001)であり、その後、2002年にファスビンダーの15時間半に及ぶ記念碑的な代表作『ベルリン・アレクサンダー広場』(1979/80)のマラソン上映会が開催され、翌年にはアテネ・フランセ文化センターでファスビンダーの特集上映が行なわれたほか、2005年には『ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーDVD-BOX』第I・II巻(紀伊國屋書店)が発売。さらに、論文集『ファスビンダー』(渋谷哲也+平沢剛編、現代思潮新社、2005)も刊行されるなど、ファスビンダーが短い生涯のなかで遺した計45本の作品は、いま日本において改めてアクチュアルなものとして認知されているといえるだろう。

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ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
『ベルリン・アレクサンダー広場』

もっとも、ファスビンダーに熱い視線を注いでいるのは、日本の映画ファンに限られるわけではない。アメリカおよびドイツにおいては、1980年代より現在に至るまで、幾度も特集上映が組まれ、伝記や研究書が途切れることなく刊行されつづけているだけでなく、ファスビンダーの主要作品のほとんどがDVDとしてソフト化されている。そして、もはやファスビンダーが一部のマニアのみが支持するカルト監督ではなく、いまやドイツ映画を代表する〈古典作家〉のひとりとして揺ぎない地位を占めていることを象徴的に示したのが、2007年2月のベルリン映画祭のハイライトとして華々しく催された『ベルリン・アレクサンダー広場』(デジタル・リマスター版)の特別上映会であった。1300万マルクという当時においては破格の製作費をかけ、全14話の連続テレビ映画として撮られたこの作品は、1980年にヴェネツィア映画祭で初公開され、同年秋から冬にかけて西ドイツの西部ドイツ放送(WDR)でテレビ放映されたあと、ニューヨークなどで散発的に上映されたほかは、「忘却され、もはや上映可能なコピーもほとんどない」★1状態がつづいていた。しかしながら、2005年、「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー・ファウンデーション(RWFF)」★2のイニシアティヴとドイツ連邦文化財団の助成によって、『ベルリン・アレクサンダー広場』修復プロジェクトが始動。そして2006年末、オリジナルの16ミリフィルムが、製作から26年の歳月を経て、デジタル・リマスターされた35ミリのニュー・プリントとして鮮やかに甦ったのである。この『ベルリン・アレクサンダー広場』修復版は、ベルリンでのプレミア上映につづいて、3月にはニューヨーク近代美術館でも公開されたが、全世界のファスビンダー・ファンにとって何よりも朗報は、それがドイツで6枚組のDVDボックスとして発売され、すでに入手可能であるということである(http://www.bavaria-film-international.de/berlinalexanderplatz/index.php?site=home) 。時間を節約するためにワンテイクを基本とし、900分という長さにもかかわらず154日という異例の短期間で撮影されたという『ベルリン・アレクサンダー広場』であるが、撮影監督のクサーヴァー・シュヴァルツェンベルガーのもと、一コマ一コマ丁寧にデジタル・リマスターされた映像──修復の模様については、当時の撮影現場のドキュメンタリーとともに付録映像として収録されている──をDVDで改めて観ると、その美しさと生々しさ、そして緊密な構成に圧倒される。晩年のファスビンダーが到達した独特の映像美をスクリーンでも堪能したいという思いも感じなくもないが、もともとテレビ視聴者のために撮影されたという事情、それに桁外れの上映時間を鑑みるならば、この一大巨編を自宅の居間で一話ごとにゆっくり観賞するという贅沢な安楽さはやはり何にも代えがたい。もっとも、残念なことにこのDVDには、ドイツ語のオリジナル音声のみしか収録されていない。英語字幕ヴァージョンも年内には発売予定であるというが、やはり日本語版の発売を期待したいところである。


★1──Juliane Lorenz, »Retour zum „Alexanderplatz“«, in: Booklet von Rainer Werner Fassbinders Berlin Alexanderplatz-Remastered (DVD), Süddeutsche Zeitung Cinemathek 2007, S. 14.
★2──1986年にファスビンダーの母リーゼロッテ・エダーによって創設されたRWFFは、ファスビンダーの遺産と上演権を一括管理する財団法人であり、とりわけ92年よりRWFFのリーダーを務めているユリアーネ・ローレンツのもとで『ベルリン・アレクサンダー広場』リマスター・プロジェクトを主導するなど、ファスビンダー作品の普及のために精力的な活動を繰り広げている。もっとも、ファスビンダーの後期の作品の編集を担当し、私生活上の最後のパートナーであったユリアーネ・ローレンツに対しては、ごく最近、女優で元妻のイングリート・カーフェンによって、ファスビンダーの伝記事実の「改竄」について激しい非難が浴びせかけられるなど、ファスビンダーの遺産を独占しようとする傾向にたいして批判があることも付言しておく。

竹峰義和 Yoshikazu Takemine 1974年生。表象文化論、ドイツ思想史、映像メディア論。武蔵大学ほか非常勤講師。アドルノ、ベンヤミンを中心に、フランクフルト学派の思想におけるテクノロジー・メディアの位置づけを問い直す作業をつづけている。著書=『アドルノ、複製技術へのまなざし──〈知覚〉のアクチュアリティ』(青弓社、2007)。共著=『美のポリティクス』(御茶の水書房、2003)。論文=「『国民的精神』の招喚」など。

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