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「イヴ・クライン──身体、色彩、非物質」展(パリ、ジョルジュ・ポンピドゥー・センター)|米田尚輝 2006年12月26日

1962年に34歳の若さでその燦爛な生涯を閉じるまで、美術家としての実際的な活動はせいぜい7年程度でしかないにもかかわらず、さまざまな意味で「芸術活動」の領域を超越する作品を数多く残したイヴ・クライン(1928─62)の大規模な展覧会が、「身体、色彩、非物質」という標題のもと、今秋パリのポンピドゥー・センターで開かれている。絵画・彫刻作品をはじめとして、「空虚」展の企画過程を映すフィルム、あるいはIKB(インターナショナル・クライン・ブルー)による知的財産権所得申請のための書簡など、併せて120点に及ぶ作品が展示され、その芸術家としての戦略が形成される過程までを含めて一望できるものとなっている。2000年にニース近現代美術館で催された「イヴ・クライン──人生、そのものが絶対」展★1以来のフランスでの大規模な個展となる本展覧会に銘打たれている「身体、色彩、非物質」というこの標題は、極めて正確である。というのも事実、標題にある3つのテーゼとともに、青、金、桃という色階のない3色への分断もまた、この展覧会の経路を象徴的に律動し、その一方で、彼にとっての「色彩」は、紛れもなくひとつの精神的な効力として「身体」と「非物質」とを接続する要素のひとつであるにも違いないからである。

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Yves Klein:
Corps, Couleur, Immatériel

本展はそれぞれ〈浸透〉〈素材の霊感〉〈受肉〉という3部門によって構成される。〈浸透〉部門にひとたび足を踏み入れる者は、IKBのモノクローム絵画の一連を前にして、その鮮やかと言うほかない群青色に圧倒されるだろう。なるほどたしかにそこでの色彩は、「青は次元(dimensions)を持たない」という彼の言明の発効はさておき、絵画の表面の彼方で物質を文字通り「浸透」するものとしてユートピア的な空間へと昇華──この「昇華(sublimation)」という言い回しは彼の気に入りの語彙である──させている。そこではまた、IKBで印刷された案内状や画廊への途中に置かれたIKBで塗られた物体といったその痕跡だけしか残されず、実際には「作品」がまったく何も展示されないという、パリのイリス・クレール画廊とコレット・アレンディ画廊での「空虚」展(1958)の企画過程を追った映像も見ることができる。〈素材の霊感〉部門では、火炎放射器で画布にその痕跡を焦げ付けるという方法で制作された《火の絵画》シリーズ(1961)をはじめ、1960年にミラノのアポリネール画廊でのグループ展に際して結成が宣言されるヌーヴォー・レアリスム──最初期のメンバーにはアルマンやセザールらがおり、1961年にはクリストも加入する──の理論的/実践的な指導者であった美術批評家ピエール・レスタニによるインタヴュー映像も公開されている。そして最後の〈受肉〉部門では、1年間の日本滞在(1952)の経験が色濃く反映される、有名な、といってよいだろう《人体測定》シリーズの公開制作映像(1960)が繰り返される部屋、そして、続く部屋でシリーズのなかでも最も大きなサイズの3点が同時に広闊な空間に並べられるのは端的に圧巻である。

さてこの展覧会に先立って刊行されてきた作家の言説──『芸術の問題機制の超過など数篇』(ENSBA、2003[未訳])★2──に忠実に拠る本展は、作品そのものが言説の効果を内在化させることが可能かどうかという、「現代」美術に避けがたく要請されるひとつの問題機制を如実に物語っているという点で、逆説的にも極めて「アクチュアル」な展覧会となっている★3。というのも、とりわけクラインにおいては、それが意図的であろうとそうでなかろうと、「作品(ergon)」を基礎づける力学として、作家自身を「不在化=歴史化」させるという身振り、すなわち逸話の生成こそがその現在性を測定する装置として働いているからである──塀の上から道路の上空に向けて跳躍している記録写真《空虚への跳躍》(1960)や、黄金と小切手を交換してセーヌ川に焼いて流すという《非物質的絵画的感性領域の譲渡》(1962)といったパフォーマンスはその典型であろう。彼のこうした振る舞いはまた、モノクローム絵画を制作する際にもあるひとつのやり方で現われる。本源的に、純粋色とはその名にふさわしい色彩であり、純粋色とはひとつの名前、ある感覚とある名の本質的な結合である。しかしながら色彩をひとつの連続体として認識する限り、色彩は差異の束として避けがたく回帰するのであり、それを言語で記述する際には、色は適切に名づけられたとしても、その名からは滲み出る命運にある。そこで彼の採る振る舞いは、色彩の連続体の断絶を、あるひとつの群青色(IKB)を「発明」することによって、すなわち知的財産権の認証という法的な手続きによって裁くというものである──もっとも、彼が色彩概念よりもむしろ、実存的な差異が表出する「絵具」という媒体概念に偏執的であったのは、その多彩なキャリアが明瞭に物語っているのだけれども。

こうしたクラインの如何わしい振る舞いを図らずも知ってしまう観者はまた、彼がある時期に薔薇十字団の神秘思想に傾き、ガストン・バシュラールの著作に親しんでいたという事実も単なる逸話としてでなく、民衆へ向けられたひとつのスペクタクルとして認識するに至るかもしれない。しかしいずれにせよ、私たちにとって比較的なじみが薄いであろう諸作品、青、金、桃の3色で構成されるトリプティックの絵画・彫刻作品や、初公開となる《聖リタ・デ・カシアへの奉納物》(1961)を含む本展覧会は充実と形容するに相応しく、20世紀後半のフランスを代表する作家の一人であるイヴ・クラインの作品をまとめて閲覧することのできる貴重な機会であることには違いない。また一方で、ロサンゼルス現代美術館(MoCA)の企画で同時期にポンピドゥーへ巡回してきている「ロバート・ラウシェンバーグ──結合(1952─1964)」展においては、一連のコンバイン・ペインティングの強靱さを纏ったパンクな圧力が否応なく襲ってくるのだけれども、それが本展のすぐ隣で行なわれているという事実もまた興味深い★4。というのも、クラインが1961年にニューヨークのレオ・キャステリ画廊でモノクローム絵画作品のみの個展を開いた際──そもそもこの個展は画廊側からさえも好感を持たれずに実現されたもので、オープニング・パーティにもほとんど人が集まらず、また作品は一点も売れない散々なものであった──、ほかならぬラウシェンバーグ本人に「あなたの作品はキッチュすぎる」と断じられるにも関わらず、パリの友人に宛てた書簡には「ニューヨークでは驚くほどの好感で迎えられている」と記して惚ける作家の姿はもはや想像に難くないからであって、こうした文脈のもとではまた、本展覧会それ自体が、クラインが「美術史」という修辞の体系へ記入される際に顕在化する様相を、端的にいえばそのアクチュアリティなるものを表象しているのではないだろうか。


「イヴ・クライン──身体、色彩、非物質」展
Yves Klein: Corps, Couleur, Immatériel
・パリ、ジョルジュ・ポンピドゥー・センター|2006年10月5日─2007年2月5日
・ウィーン、ウィーン近代美術館──ルードヴィヒ・コレクション|2007年3月9日─2007年6月3日


★1──「イヴ・クライン──人生、そのものが絶対」展(ニース近現代美術館、2000)[Yves Klein: La vie, la vie elle-même qui est l'absolu, Nice: Musée d'art moderne et d'art contemporain de Nice, 2000.]
★2──イヴ・クライン『芸術の問題機制の超過など数篇』(ENSBA、2003[未訳])[Yves Klein, Le dépassement de la problématique de l'art et autres écrits, Paris: ENSBA, 2003.]
★3──クラインのアクチュアリティに関しては、「アクチュアリティ」という言い方も含め、同展覧会カタログ所収のイヴ=アラン・ボワによる論考は極めて示唆に富むものである。[Yve-Alain Bois, « L'actualité d'Yves Klein », cat. exp. Yves Klein: Corps, couleur, immatériel, Paris: Centre George Pompidou, 2006.]
★4──クラインとラウシェンバーグの関係については、美術史家ベンジャミン・ブクローがたびたび言及している。[Benjamin H. D. Buchloh, « Plenty or Nothing: From Yves Klein's ''Le vide '' to Arman's ''Le Plein'' », Neo-Avantgarde and Culture Industry: Essays on European and American Art from 1955 to 1975, Cambrige, Mass.: The MIT Press, 2000, pp. 257-283 ; « Klein and Poses », Artforum, summer 1995, pp. 93-97.]



米田尚輝 Naoki Yoneda
1977年生。美術史、表象文化論。東京大学大学院総合文化研究科博士課程、国立新美術館研究補佐員。
美術館で展覧会の企画に携わりながら、1885年から1935年にかけて西欧で創設された造形芸術の諸様式を、装飾と芸術との緊張関係のうちで分析する表象文化史を準備中。
論文=「Ornement et style: l'art décoratif en France à la fin du XIXe siècle」など。


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