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もうひとつの受難劇──アッバス・キアロスタミ『タジエ』|長友文史 2007年04月09日

「あなたはブレヒトの演出法に影響を受けているのか」──1997年のカンヌ国際映画祭での一幕。『桜桃の味』(パルムドール受賞)のイラン人監督アッバス・キアロスタミは、投げかけられたこの質問をさらりとかわし、むしろタジエに多く学んでいるのだと別の参照項をほのめかしている。

キアロスタミの近作『タジエ』は、このやりとりに端を発した作品である。当初、ローマ国立劇場から依頼を受けた彼は、テヘランから400kmほど離れた村におもむき、ふだんはおのおのの仕事をもった素人俳優たちによる「タジエ(タアズィーエ)」の上演光景を撮影した。その限りにおいてドキュメンタリーというべきこのフィルムは、しかし、作品となる段階で映像インスタレーションの形態をとるにいたる。現在のところ公開された都市が欧米で十を数えるばかりであるのは、上映にあたって通常の映画館とは異なる特別な装置を必要とするためにほかならない。筆者は映画史においてもイスラム文化においても門外漢ではあるが、立ち会ったこの貴重な機会について簡単ながら報告しておきたいと思う。

タジエとは何か。それはイランの民衆に伝わる一種の「聖史劇」であり、ムハンマドの孫フサインの死を哀悼するシーア派の儀礼である。カルバラーの戦いにおける第3代イマームの受難の再演を軸とし、その他の伝承を織り交ぜたこの聖なる「演劇」は、18世紀にほぼ現在のかたちに制度化されたといわれる。ただし、以上の説明だけではけっして十分なものではない。とりわけ、幼少のころより親しんできたキアロスタミ自身にとっては。小さな円形の台を中心にしたアリーナとそれを取り囲む2階建ての観客席のあいだで共有される体験は、辞書的な説明からはこぼれ落ちてしまう。さらにまた、もうひとつ別の困難もある。内部の者にとってどこまでも親しいものとは、外部の者にとっては不安もしくは羨望の対象となりかねないのだから。ひとつの共同体を徴づけるこの体験を、別の表現形態にうつし、伝えることはいかにして可能か。出発点にはこうした「翻訳」の問いがある。

tazieh

パンフレットから

この意味で、キアロスタミが上映装置に施した工夫には注目しておく必要があるだろう。彼自身、「演劇─映画」と呼ぶこの作品は、2003年のローマでの初演時より、複数のスクリーンを用いるものであった。観客の取り巻く中央のステージで実際にタジエを上演する一方、6枚の画面が会場全体を取り囲み、こちらには現地の観衆の姿が投影される。ローマの観客にとっては、聖史劇のみならず、この劇をささえるまなざしにも直面する仕組みであった。しかしその後の変更により、通常の劇場に適したかたちに落ち着く(今回、筆者が観る機会を得たのはこの最終版である)。舞台の上に巨大な画面が2枚据えられ、その狭間、若干手前にタジエの上演を再現する小さな画面がもう1枚置かれる。両翼のスクリーンがモノクロの映像で観客の姿を大写しにするのは依然として同じである。これに比べ、上演光景が映る中央の画面は、鮮やかな色彩で注意を惹きつけるとはいえ、あまりに小さい。ここには、テレビで野球やサッカーを観戦するのに慣れた者がスタジアムで体験するのにも似た、隔たりの感覚がある。

実際、このタジエの「上演」は、「鑑賞者」にとって二重の意味で近づきがたい。それは、画面が小さいうえに字幕もつかないという意図された隔たりのためばかりではなく、リアリズムにほど遠い演劇形態のためでもある。換喩的な舞台装置(例えば小枝で木をあらわす)、コンヴェンショナルな色彩の意味(緑=平和、無垢/赤=悪/白=死)にくわえ、登場人物たちのあいだにはまれにしか行為がみられない。馬に乗って登場する殉教者フサインと敵方ヤジードはたがいに歌で競い合う。善と悪の対立へと切り詰められた物語は、息の長い朗々と響く声と短く区切られた拍を繰り返す抑揚ある声との闘争によってたどられる。受難の山場である死の瞬間は、それまでの黒い衣服のうえに白い上着を被り、血糊をつけてあらわす。俯瞰ショットを多用したこの小さな画面に映るのはおよそ以上のような光景である。

他方、われわれ鑑賞者はといえば、ことばの意味するところは追えないものの、まったくの異郷に捨て置かれるわけではない。圧倒的な音響として迫ってくる歌の旋律が対比によって悲劇の展開を告げるとともに、両脇の大画面のひとびとの顔がわれわれを導くこととなる。こちらは、演劇の様式とは対照的に、観客の表情を間近にとらえる。左側は女性、右側は男性の映像と分かれているのは、タジエの劇場の観客席が性別で分けられていること(地上が男性、バルコニー席が女性)に対応している。三々五々集まってきたひとびとが席につくとお茶が振舞われ、音楽が鳴り、スペクタクルがはじまる。われわれがそこに見出すのは、「鑑賞者」と呼ばれるのとは別の姿である。たがいに目配せしている子供たち、隣の肩に頭をあずけた若い男、居眠りする老人。しきりとチャドルを直す女性たちは、劇の緊張が高まるにつれて体が横に揺れだす。数珠を爪繰る人。何が起こっているのか隣の大人にたずねる少女。殉教者の受難にあわせてみずからの胸を叩いて、痛みをひきうける男たち。頭をすっぽりと覆って身を震わせる女たち。遠く小さな画面にて生起する出来事の意味をわれわれが否応なく了解できるとすれば、それはほかでもなく、両翼のスクリーンを貫く彼らのこうしたまなざしに導かれてのことである。

今回の作品は、映画という条件を暗黙のうちに問い直す意味においては2001年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品されたインスタレーション『眠る人たちSleepers』に連なる。しかし、選択されているのは、腫れ物にも似た、より扱いのむずかしいテーマといえよう。この困難は、おなじタジエというスペクタクルをめぐって、ここ10年ほどのあいだ、欧米での興行が幾度か試みられていることからも推察される。キアロスタミの試みはしかし、演劇そのものではなく、演劇体験の映像化であった。この点、18世紀以来、欧米の旅行家たちによって記述されてきたタジエ体験(フランス語圏の作家ではたとえばゴビノーによる記述がある)とも一線を画す必要がある。映像とともにわれわれのもとに届けられるのは、この聖史劇の場に巻き込まれることによる拒絶と共感の一切にほかならない。タジエとは字義通りには哀悼と慰めを意味し、その背景には正義が不在であることへの悲しみがある。


会場・会期
アッバス・キアロスタミ『タジエ』(トゥールーズ国立劇場、2007年3月17日、18日)


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