重力|田中純 2007年02月24日
新刊の鈴木一誌『重力のデザイン:本から写真へ』(青土社、2007年)[ISBN 978-4-7917-6320-7]を読む。
森山大道論に目を通すために買ったのだが、読みやすいこともあり、半日で読了。
書物のデザインをめぐる考察が大変面白い。日本語の横書きについて、右横書きは一行一行の縦書きと見立てることで対応が計られたのに対し、左横書きは「横転縦書き」の各文字を、横転の逆方向に回転させ、正立へと戻したのではないか、と推理している。つまり、文字体系としては横転を受容しない代わりに、90度の回転を「一文字」というユニットの内部でおこなっているのである。左横書きを読み書きする過程には、この変換操作が組み込まれている。
その他、マンガの吹き出しや映画の字幕に句読点がない理由や欧文におけるイタリック体の効果や使い分け、日本語のヨコ組本文組版はプロポーショナルに組まれるべきであるといった仮説など、随所に卓見が散りばめられている。とくにアクチュアルなのは、リニューアルされた講談社現代新書の装丁からは「無料」の印象を受けるという感想から出発して、「本が売れない」という事態は、「無料」のムードが漂う装丁が書店を埋めている状況と関わりがあるかもしれないと示唆され、ブック・デザインのポイントを有料と無料の仕切りをいかに管理するかに見出している点だろうか。
自宅書庫の水没事件に発して、書物と水の関係を考察したくだりでは、「書物は微細な気流に包まれている」という、思いがけなくも美しい命題が語られている。ページは湿度や温度の変化のなかで呼吸しているのだ。本書の魅力は書物が生命体のように、ヒトを含む環境と相互作用するさまを緻密に描き出しているところにある。逆に言えば、それは、人間が書物のどのような細部からどんなアフォーダンスを引き出しているか、という生態心理学的な問題を扱っている、ということでもある(著者は佐々木正人氏の『レイアウトの法則』のデザイナーでもあり、本書でも佐々木氏の論考が参照されている)。
「重力」という主題が、書物から写真にいたる本書の全体を貫く、そうした生態学的なアプローチと関わっていることは言うまでもない。荒木や森山の写真を論じた部分もそれは一貫しており、一定の説得力をもっている。とりわけブリューゲルの《雪の狩人》との類似から説き起こされる森山大道論は力作である。
ただし、翻ってみれば、重力が地球上のすべての生物にとって生存の基本的拘束条件である以上は、それは容易にすべてを論じることができる、単なる符帳にもなりかねまい。個々の分析の鋭さは認めながらも、概念のこうした汎用性に感じた疑問が最後まで拭えなかった。著者の目論見から外れることを承知で書けば、より精緻に、そして荒木や森山といった写真家という主体と関連づけることなく「写真の生態学」を語るための概念装置が必要だろう。
著者自身のデザインによる書物の佇まいは、本文の紙質やレイアウトに始まり、本体およびカヴァーの装丁にいたるまで隙がなく、しかし同時に、まさに「微細な気流」を感じさせる温もりもある。
ついでながら、必要があって昨日部分的に再読した後藤武・佐々木正人・深澤 直人『デザインの生態学:新しいデザインの教科書』(東京書籍、2004年)は、文字通り学生向けにはふさわしい教科書的な情報が詰まっていて、そこは「有料」の印象を強めているものの、通読するには視認性が悪いレイアウトだった。
なおそこには、後藤氏が理論的な立場からの「鳥」の役割、佐々木氏や深沢氏は現場の「虫」の役割といった分担の構図が当初はあったのだが、のちに後藤氏も建築家として「虫」的なことがわかった、といった裏話が書かれていた。揚げ足取りかもしれないが、理論が単に鳥瞰的で虫的な細部を見ないというのは、それこそ、「鳥」の生態学を無視した見方だろう。鳥だからこそ見える大地の肌理もあるはずだ。