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vol.0 エステティクスの臨界 CRITICAL AESTHETICS

仮面をつけた現実──フロイト「不気味なもの」のイメージ論的読解の試み|森田團 2006年07月26日

この論文は、フロイトの「不気味なもの」を出発点として、精神分析学的なディスクールの手前で、イメージの問題を再考する可能性を開こうとするものである。

『夢解釈』以来、イメージの問題は、フロイトの精神分析にとって中心的な位置を占め続けているにも関わらず、イメージの問題を主題的に扱った彼の論文や著作は存在しない。フロイトの関心はイメージそのものに向けられるよりも、イメージが無意識的活動において占める構造的な位置と機能に向けられていたことがその最大の理由であるように思われる。ただ、「不気味なもの」は、例外的にイメージの問題にフロイトが接近した論文のひとつとみなすことできる。フロイトは、この論文において、あたかも生を持つかのような人形、ドッペルゲンガー、幽霊、同じものの反復の現象などを、不気味な現象として挙げ、分析することになるが、これらの現象の体験は、ある種のイメージの体験として総括できるものであるからである。

しかし、フロイトの不気味なものの分析は、不気味さを引き起こすイメージへと向かうのではなく、不気味なものにおける抑圧関係を探る方向に展開されている。フロイトにとっては、不気味なものとは、本来親しかったものが抑圧を経て現われたものである。フロイトはこの不気味なものにおける抑圧関係をdas Unheimlicheという語の構成と重ね合わせる。Das Unheimlicheの否定の接頭辞un- は「親しいもの das Heimliche」を抑圧すると同時に、否定によって親しいものを告げるような媒体なのだ。

イメージの問題を、フロイトにおいて思考することは、ここで迂回を強いられることになる。なぜなら、むしろここで考えねばならないのは、イメージにおいて否定の接頭辞に相当するものは何かということであるからである。問題であるのはイメージにおける否定なのだ。このことを考察するためには、フロイトが列挙するだけで、けっして与えることのない不気味な感情を引き起こすイメージ一般の特質、あるいは不気味なものの諸現象を総括するようなイメージ、いわば不気味なものの「原現象」を見出すことが重要となる。

このようなイメージを探るために、「不気味なもの」においても主要な参照先となる「砂男」が以後の分析の対象となる。その際、「砂男」読解は、主人公のナタナエルが何を見て錯乱するのかという観点からなされる。ここで興味深いのは、ナタナエルの3回の錯乱のうち2回が、眼球を欠いた顔を見ることによって引き起こされていることである。また他方で、砂男伝説そのものの検討から、ホフマンの砂男が、ドイツにおける砂男伝承とは異なる要素を混入させていることが明らかになる。ホフマンの砂男は、眠くなった子どもの目に砂を投げ入れる精霊という伝承とは異なる吸血鬼の伝統──目をつついて血をすする吸血鬼──を受け継いでいる。この吸血鬼伝承は、具体的には古代ギリシア・ローマに源を持つストリックスやラミアの伝承に関係しているのである。

ここでストリックスとラミアの伝承と語源を調べると奇妙なことがわかる。ラミアは取り外しができる奇妙な目を持っているとプルタルコスは伝えているが、ラミアの語源の一部はラテン語のレムレスと同じものであることが知られている。レムレスとはラテン語では死者の霊という意味であるが、レムレスはレムレスで語源的には(墓)穴を意味する。眼窩(あるいは穴)というモチーフは、「砂男」において主人公ナタナエルが砂男と同一視することになるコッペリウスがイタリア語で眼窩を意味する雅語coppoに由来することにもあらわれている。

またストリックスはワシミミズクの形象をした吸血鳥として表象されるのが通常だが、そもそもストリックスは死者の霊たちであったと言われている。さらにはこのストリックスの同系の鳥と死者の霊の結合された表象がmasca(ランゴバルト語)である。スイスの民俗学者カール・モイリは、通常仮面=マスクの語源説として採用されているアラビア語起源説を退け、このmascaこそがマスクの語源であるとしている。つまり、ホフマンの「砂男」にみられる伝承は、間接的にではあるが、〈仮面〉の語源であるマスカと響きあっているのである。

このように「砂男」にまつわるすべてのモチーフは眼窩ないしは穴、そして死者の霊という連関に収束していく。この連関を象徴するものが仮面であると解釈することによって、不気味なものを総括するイメージ体験が仮面の体験であることを示し、さらにはイメージにおける否定の機能を仮面の分析によって見出そうとすることが、この論文の最終的な目的である。


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