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vol.0 エステティクスの臨界 CRITICAL AESTHETICS

カール・モイリ「カーニヴァルの起源」|訳=森田團 2006年07月26日

カール・モイリ(1891─1968)は、スイスの古典文献学者である。現在モイリの名は、『母権制』などで著名なヨハン・ヤーコプ・バッハオーフェンの全集編纂で知られているが、彼の学問的業績は、バッハオーフェン全集の編集──これ自体画期的な仕事である──に限られるわけはない。モイリは、宗教学、神話学、民俗学の領域を、横断的に移動しながら、従来には見られない大胆な学際研究を成功したかたちで行なった希有な学者でもあった(アルゴナウシカ研究では、伝説の類型研究を利用し、オリンピック競技の起源などの葬送儀礼研究ではフロイトを参照し、スキタイ研究では、シベリアのシャーマニズムと古代ギリシアとの関係を論じた)。

その業績の独創性に比して、モイリの知名度が低い理由は、彼が著作を完成させることがなく、発表された論攷も仮の性格を持つことに存する。だが彼の影響は密やかではあるが持続的である。たとえば現代ドイツの代表的な宗教学者であるヴァルター・ブルケルトの代表作である『ホモ・ネカンス(殺す人間)』の基本的発想は、モイリの著作(その供犠研究)から得られているとブルケルト自身が述べているし、E・R・ドッズの『ギリシア人と非理性』の数章の着想をインスパイアしているのもモイリの論文である。現代イタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグの『闇の歴史──サバトの解読』の全体にわたってモイリの影響がみられる。

仮面に関する習俗の研究は、モイリの民俗学の領域でのライフワークである。仮面に関する論攷の多くは長大なものであるが、「カーニヴァルの起源」は、講演原稿であるうえ、晩年に書かれたものであるために、モイリが発表した一連の仮面論のなかでも最も簡潔なものとなっている。しかし、膨大な資料を提示しながら独創的な解釈を積み重ねていく彼のスタイルには変わりはない。内容的には、彼が仮面についての研究において達成したことを要約的に再説している部分が多いものの、そのぶん対象についての解釈や立場が、他の論文に比べてより際立ったかたちで提示されている。さらにこの論文は、晩年に書かれたものであるにもかかわらず、祖先の訪れの祭と洪水伝説との関係など、新しい観点も盛り込まれている。

仮面は、死者の霊、それも祖先の霊をあらわしているというのがモイリの仮面解釈の中心に存するテーゼである。このテーゼは、長年の仮面研究の帰結として導き出されてきたものであるが、この論文でも、仮面の語源分析、その外見、その習俗の在り方の分析などから、仮面がそもそも死者の霊をあらわしていたことを再び確認しようとしている。そのような再確認の過程においてからさえも、いかにモイリが圧倒的な資料を収集しつつ、立論しているかが、印欧諸語の知識、死者にまつわる風習の細部にまでわたる豊富な例証などから、伺える。同時に、モイリにおいて際立っているのは、このようなマテリアルに埋もれることなく、大胆な直観にしたがって、仮面の「根源」へと迫ろうとする醒めた学問的パトスである。


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