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vol.0 エステティクスの臨界 CRITICAL AESTHETICS

テオドール・W・アドルノ「芸術と諸芸術」|訳=竹峰義和 2006年07月26日

1936年3月18日付のベンヤミン宛書簡のなかでアドルノは、「複製技術時代の芸術作品」におけるアウラ芸術をめぐる議論にたいして、シェーンベルクの音楽やマラルメの文学のような「自律的な芸術作品」の内在的価値を強く擁護している。映画のような複製芸術の登場によって、すべての伝統芸術が反革命的な過去の遺物となってしまうのではなく、むしろ、真正な芸術作品がしめす素材と形式の弁証法的な鬩ぎあいのなかにこそ、よりアクチュアルな変革の契機があるというのだ。そして、そうしたアドルノのやや文化保守主義的な芸術観は、『新音楽の哲学』(1948)や、遺著となった『美学理論』におけるモダニズム芸術美学へと発展的に継承されていくこととなるだろう。しかしながら、アドルノがベンヤミンの複製技術論に反駁してからおよそ30年が経過した1960年代半ばにおいて、諸芸術をとりまく状況は、もはや「芸術」という大文字の概念そのものさえもが無効になりつつあるような地点にまでラディカル化したといえるだろう。すなわち、音楽においては、50年代まで現代音楽の主流を占めたセリー主義にかわって、偶然性の音楽、管理された偶然性、電子音楽、ミュジーク・コンクレート、トーン・クラスター、図形音楽などの流派が登場するとともに、美術の分野でも、ミニマリズム、ポップ・アート、フルクサスのような新しい潮流がアート・シーンを席巻。さらには映画のような大衆娯楽メディアのなかからも、ヌーヴェル・ヴァーグやニュー・ジャーマン・シネマのような運動が起こるなかで、さまざまなアーティストたちによって、作品や素材、形式、表現、美、創造といった美学的な諸理念が批判的に再検討されていったのである。

このような芸術の趨勢にたいして、美学者としてのアドルノは、まったく無反応であったわけではなかった。すなわち、1966年にベルリン芸術アカデミーで行なわれた「芸術と諸芸術」という講演のなかで彼は、現代芸術におけるジャンル間の境界線の溶解という現象を出発点として、多種多様な作品を包括する「芸術」という理念の意味や、ヘーゲルやハイデガーの芸術論、キッチュ、アウシュヴィッツ以降の芸術、さらには映画芸術の可能性に至るまで、きわめて幅広いトピックを、ブソッティの図形楽譜、シャロウンの建築、ジョン・ケージの音楽、ハプニングなど豊富な具体例をまじえつつ縦横に論じているのである。そして、なによりも注目すべきは、そのなかでアドルノが、音楽や造形美術といった伝統的な区分や、自律性や真正性のような旧来の理念が崩壊しつつある状況を、たんなる芸術固有の本質からの頽落現象と見做すのではなく、むしろ、現代の諸芸術が、ジャンルの垣根を自由に横断し、たがいにアマルガム化していくなかで、さらに、外的現実や複製技術メディア、さらには自己否定の身振りのような異質で非芸術的な諸要素を、おのれの領域のうちに絶えず取り込んでいくという局面のうちに、新たな美学的ポテンシャルを看取しているという点である。モダニズム芸術美の信奉者であったアドルノは、その晩年において、みずからの芸術概念をあらためて問い直し、のちのポストモデルネの議論にもつながる射程をもつような、インターディシプリンな開かれた美学というべきものを萌芽的に構想していたのだ。


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