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vol.0 エステティクスの臨界 CRITICAL AESTHETICS

生体解剖的美と探偵的知──マクルーハンの初期論文を読む|門林岳史 2006年07月26日

カナダのメディア論者マーシャル・マクルーハンが『コモンウィール』に寄せた文章に、「眺め、響きと怒り(Sight, Sound and the Fury)」というものがある。ウィリアム・フォークナーの小説をもじったタイトルのこのエッセイが発表された1954年の時点で、単著としては彼の処女作となる『機械の花嫁』(1951)はすでに世に出ていたものの、『グーテンベルクの銀河系』(1962)と『メディアの理解』(1964)を立て続けに発表し、彼が一躍メディアの寵児となるのはまだ先のことだ。とはいえ、タイトルに見られる視覚(sight)と聴覚(sound)の対は、口承文化から文字文化へ、という後に『グーテンベルクの銀河系』で展開されることになるメディア史観を想起させるものである。実際、「マスコミのニューメディアは社会と文化に革命的な影響を持ちつつある」と副題が添えられているこの小文には、後に展開されることになるメディア論の数々のテーゼを予期させるモティーフが溢れており、そのことは彼の思想の形成を顧みるうえで極めて興味深い。

1950年代と言えば、マクルーハンが『機械の花嫁』で見せたメディアへの認識をさらに展開させていく時期であり、その足跡は、文化人類学者エドモンド・カーペンターとの共同編集による学際的雑誌『エクスプロレーションズ』や、その他さまざまな雑誌に発表された論考に辿ることができる。「眺め、響きと怒り」もそうした一連の足跡に連なるものなのだが、なかでも注目に値するのはこの時期のマクルーハンのモダニズムの文学への傾倒であり、この論考のタイトル自体そのことを示唆している。そもそも、ケンブリッジ大学でI・A・リチャーズに師事したマクルーハンは、40年代から50年代にかけて『スワニー・レヴュー』をはじめとする文芸批評紙に多くの論文や書評を発表していた。そこで彼が培ったニュー・クリティシズムの方法が彼のメディア論に多大な影響を及ぼしていることは、これまでに繰り返し指摘されている。すなわち、テクストとして与えられている作品そのものに批評の対象を限定し、その背後に見え隠れする作者像を作品の解釈に反映させることを拒絶するニュー・クリティシズムの態度決定、そしてそこから帰結するフォーマリズムが、無数の匿名の作者たちによって与えられるメディア表現をその形式に沿って読解する(「メディアはメッセージである」)マクルーハンのメディア論を可能にした、と言うのである。

しかし、モダニズムの文学と批評がマクルーハンのメディア論にもたらした洞察はそれだけに留まるだろうか。「眺め、響きと怒り」の書き出しを少し読んでみよう。

ロイ・キャンベルが最近の渡米の際述べたことにこういうことがある。ディラン・トーマスはラジオで詩を朗読できることを発見した、そして、この発見がその後の彼の詩をより良いものに変えた、と言うのだ。トーマスは、公衆との新たな関係を確立したときに、彼の言語の新たな次元を発見したのである。 グーテンベルク以前、詩の発表とは、小さな規模の聴衆に向かって詩を読んだり歌ったりすることを意味していた。17世紀に詩が主に印刷されたページ上に存在するようになったときに、後に「形而上詩」と呼ばれることになる、眺めと響きのかの奇妙な混合が生じたのだが、それには近代詩と共通するところが極めて多い。

口承文化と文字文化の狭間に形而上詩を位置づけるこのマクルーハンの手つきにハイ・モダニズムの詩人T・S・エリオットの影を認めるのは容易である。よく知られるエッセイ「形而上詩人」(1921) においてエリオットは、形而上詩人たちを、現代にまでおよぶ「感性の分離」の時代が始まった17世紀にあって、思考と感情の統一を達成しえた最後の世代として位置づけた。上に引用したくだりでマクルーハンはこうしたエリオットの着想を、詩が伝達されるメディア形式の変遷という観点から「眺めと響きのかの奇妙な混合」としてまとめなおしているように見えるのである。

メディアは身体を拡張し、私たちの「感覚比率」を変容するというマクルーハンのメディア論のテーゼは、根底的に美学=感性論的(エステティック)な認識として捉えることができるのだが、上に見たことからすると、その背後にもまた、モダニズムの文学と批評の影響を確認することができるのではないだろうか。本論考は、こうした問いを念頭にマクルーハンの初期論文を読解する試みである。上に見た「眺め、響きと怒り」を手引きとしつつ、40年代から50年代にかけて書かれたいくつかの文芸批評を取り上げ、そこに見られる新しい知と美の構想を、生体解剖的な美(ジョイス)と探偵的な知(ポー)の2つのセリーにまとめあげていくことにしたい。


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