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vol.0 エステティクスの臨界 CRITICAL AESTHETICS

男たちの秘密(一)|田中純 2006年07月26日

この論文が取り組もうとするのは、1920─40年代にヨーロッパを中心に広く論じられ、第二次世界大戦後、とくにドイツ語圏でなかばタブー視された、男性秘密結社論がもつ理論的射程の再検討である。そのための導入として、まず中沢新一の著書『芸術人類学』の読解を行なう。この書物は「組合(アソシエーション)」の原理を主題としている。その原理は例えば網野善彦の『無縁・公界・楽』との関係で語られている。しかし、中沢と網野の議論をつき合わせ、さらに、そこに関連する平泉澄の『中世に於ける社寺と社会の関係』から中沢が引き出している論点を平泉自身の主張と比較してみるとき、「組合」に中沢が与えている独特な意味が明らかになる。中沢の議論において、「組合」は一貫して男性秘密結社を意味しているのである。「組合」という名を採用するもとになったテクストも、朝鮮古代の男性結社を扱った三品彰英の『新羅花郎の研究』だった。この男性秘密結社というテーマは、中沢の著書に繰り返し現われるものの、主題として明示的に論じられることはない。しかし、洞窟壁画が男性成員だけによる儀礼の産物だったとされているように、芸術の誕生に結びつけられるものもまた、同様の秘密結社にほかならない。「組合の原理」とは畢竟、男性結社の原理なのだ。中沢の『芸術人類学』が目論んでいるのは、男性秘密結社という「組合」が、芸術の、宗教の、そして主権の発生において果たした役割の解明なのである。
男性秘密結社については、ドイツ語圏を中心として、20世紀の政治と深く交錯した研究の歴史がある。人類社会に広く見出される閉鎖的共同体としての「男性結社」の概念を初めて明確に提示したのは、1902年に民族学者ハインリヒ・シュルツが著わした『年齢階梯制と男性結社』だった。男性固有の「結束衝動」を想定したシュルツの議論は、オットー・ヴァイニンガーの『性と性格』を思わせる心理学的な性的二元論の傾向を強く示しながらも、結社的制度の成立とその変容の論理を包括的に論じて広く影響を及ぼし、男性結社をめぐるさまざまなイデオロギーを生成させる源となった。「男性結社」をめぐるそうしたイデオロギー状況を背景として、ワイマール共和国からナチ時代にかけては、ゲルマン神話学や民俗学の分野で男性結社論が集中的に出現している。口火を切ったのはリリー・ヴァイザーの『古ゲルマンの青年入社式と男性結社』(1927)であり、オットー・ヘフラーの『ゲルマン人の祭祀秘密結社』(1934)、リヒャルト・ヴォルフラムの『剣舞踊と男性結社』(1936)、ロベルト・シュトゥンプフルの『中世劇の起源としてのゲルマン人の祭祀劇』(1936)がそれに続いた。なかでもヘフラーの著書は広範に受容され、アレクサンダー・スラヴィクの「日本とゲルマンの祭祀秘密結社」(1936)、スティグ・ヴィカンデルの『アーリヤの男性結社』(1938)、そして、ジョルジュ・デュメジルの『ゲルマン人の神話と神々』(1939)といった研究を生むことになった。
カルロ・ギンズブルグが指弾したデュメジルのゲルマン神話学とナチズムとの曖昧な関係にも関わる、ヘフラーとナチとの密接な結びつきゆえに、彼が代表する男性結社論は、1945年以降、糾弾し克服されるべき過去の言説ではあっても、継承しうる課題を孕んだ理論とは見なされてこなかった。しかし、ゲルマン民族に実際に祭祀的な男性秘密結社が存在したのかどうかについて、決定的な解答はいまだ出されてはいない。
ナチズムが神話的象徴の再活性化を目論むものであったことに関連して、同時代の神話学や民俗学は政治的な機能を帯びることを避けられなかった。学問的言説と政治的現実とが神話形成をめぐって相互作用しあっていたのだとすれば、ヘフラーたちのゲルマン神話学や民俗学をナチ・イデオロギーの反映に還元してしまうのではなく、学問的言説それ自体を、ナチズムの核心で作用する宗教的・神話的想像力を解明する手がかりとして、重層的に解釈する必要がある。この時代のゲルマン神話学や民俗学に何らかの偏向が存在するならば、それを単にイデオロギー的政治性の表われとして糾弾することで満足すべきではなく、かつて現実に政治的影響力を有し、戦後は学界で抑圧された原因であるその「偏向」こそが、いわば歴史の「症候」として分析されなければならない。
秘密結社「無頭人(アセファル)」を中心とするジョルジュ・バタイユらの活動や、スラヴィクが大きく依拠した岡正雄の日本文化論をも視野に収めながら、この時代の男性結社論を、そこに充填された論者の政治的幻想のパトスを含めて、いわば「神話を考察するそれ自体神話的なテクスト」として読解し、その学問的言説の実証性と思想の潜勢力、そして、アクチュアリティを精確に劃定することを目指して、この論文は書き進められようとしている。


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